ファミコンは一日一時間

2016.08.24.Wed.12:17
小学生の頃だ。
うちでは「ファミコンは一日一時間」と決められていた。
それ以上になると、母が無理矢理ACアダプタを引っこ抜き、どこかに隠してしまう。

別にキチガイのよーにそればかりやるからということではなく、私の好きなことには
必ず制限をつける母だった。
今にして振り返ると、かなりのモラハラ母だったように思う。

FF4をコツコツやっていた。
セーブポイントが少なくて、一時間超えそうになると、なんとか前のポイントまで戻るか
泣く泣くそのまま終わるしかない。
次のポイントまでの時間を短縮すべく、翌日はひたすらレベル上げだ。
友達がすっかりクリアして、話題にも上がらなくなった頃、やっとラスダンに到着。
レベル上げしながら数日かけてぶらつく。
と、初めて見るモンスターに出会った。
たまたま来ていたY太君が、興奮した面持ちで「ピンクプリンセスだ!」と叫ぶ。
「こいつがしっぽ落としたら、最強の鎧と交換出来るんだ」
初見だったが、Y太君のアドバイスで何とか撃破、するとお宝欄にしっぽが。
二人で大興奮していると、フスマがガラッと開いて母登場、一気にACアダプタに迫る。
気づかなかったが、もう一時間たっていたのだ。

私はそれまでの人生で一番真剣に母に頼んだ。
「お願いだから、せめてセーブさせてください。明日FFやれなくてもいいから」

しかし無情にも母は、ACアダプタを引っこ抜き、あまつさえ振り返った拍子に本体を
蹴飛ばして出て行ってしまった。
いつものように、薄ら笑いを浮かべたまま。
「なんなの?お前のかーちゃん…」
Y太君の呆然とした呟きに答えることも出来ず、私は唇をかみしめていた。
翌日、スーファミの電源を入れると、セーブデータが消えていた。
この半年近く、宿題だの家の手伝いだのやって、ようやく、しぶしぶといった感じで
与えられる一時間の至福。
その積み重ねが電子の藻屑になっていた。
私は泣いた。泣いて、何とかやり返したいと思った。

母はパッチワーク・キルトが好きだった。
そういう会に所属し、仲間内で見せ合うためのバッグや壁掛けなどを作っていた。
私や父のために何かを作ってくれたことはなく、最低限の家事を済ませると、後は
ほとんどミシンに向かう時間だ。
ミシンに向かっているときの母はとても楽しそうでだった。

ふと思った。
母が何時間ぶっ通しでミシンで遊んでいても、誰にも怒られないのは理不尽だ、と。
私は母が出かけた隙に、使っていた大きな裁ち鋏を出すと、ミシンの電源コードを
苦労して切り取ると、海まで走って行って沖に向かって思いっきりぶん投げた。
母が帰ってきて、いそいそとミシンの前に行く。端切れを貰ってきたらしい。
動かないミシン。電源を確かめる母。
すぐにバレた。誰がそれをやったのか、も。

珍しく早く帰ってきた父が、馬乗りになって私を殴りつける母を見つけたのだそうだ。
父母はそれが元で離婚し、私は父に引き取られた。
数年後にやって来た新しい母は、良い意味で放任主義の人で、でも実の母以上に
「母の優しさ」を与えてくれたように思う。

私の子がWiiやってる姿を見ながら、何となく思い出した小さな復讐だ。
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