ハブられるくらいじゃたいして気にしていなかった。バスケが好きだったから退部という選択肢も無かった。

2016.06.21.Tue.13:45
武勇伝ではないけど...

中学のときバスケ部だった。
結構厳しい部で、15人くらいいた新入部員はあっという間に私を入れて4人になった。
1番上手かったのはA。
次に上手かったのはB。
私は3番手でCが4番手だったが、先輩の指名制だったため私がキャプテンになった。

3年になるタイミングで顧問がかわり、今まで生活面まで厳しく指導してくれていた顧問から置物のような顧問にかわった。
Bは常に誰かをハブってないとダメな性分で、キャプテンになると同時にそのお鉢が私にまわってきた。
練習のメニューが悪いとか、そもそも下手だとか、最終的にはキモイとか、いろいろ陰口をたたかれ、部内では常に3対1。

ただ自分はもともと友達も多かったし、部活の時間だけハブられるくらいじゃたいして気にしていなかった。
バスケが好きだったから退部という選択肢も無かった。
嫌がらせもどんどんエスカレート。
3人でニヤニヤ、こそこそはデフォ。
アホみたいに強いパスで怪我をさそうとか、試合中にわざとパスをまわさないとか、後輩に指示してボールを隠したり、部室にとじこめられたりもした。
引退試合もそりゃヒドイもんで即負け。
4人とも別々の高校へ進んだ。
私は近所の進学校で再びバスケ部に入った。
Aはバスケの強い女子校、Bは受験に失敗。生徒の半分以上が滑り止めに使ったという私立へ、Cはデザイナーを目指して底辺工業高校のデザイン科に進んだ。
最初に再開したのはAだった。
高1のとき練習試合の大会が組まれ、私の高校にやってきた。
Aの高校は厳しくて有名。部員は全員坊主直前のベリーショートの髪型にされる。
更衣室からは「昔いじめてたやつがいんだよねココーーww」という高笑いが聞こえてきた。
が、私の方は、高校ではみんないい子ばっかりだったので部員全員とかなりいい関係を築いていた。
加えて自由な校風の学校だったため、茶髪OKピアスOK、当時憧れのルーズソックスもOK。
制服もかわいいし、バスケ部員もカワイイ子が多くて地区では有名だった。

先輩とも同期ともキャッキャしながら楽しそうにしている私を見てAはポカンとしてた。
試合が始まると他校の男子までうちの学校の応援に付いてくれてもりあがる。
Aの高校は残念ながら全員筋肉ゴリラなのでシュートを打つと野次馬DQN達から野次が飛ぶほど...
さすがにあれはかわいそうだった...
まあもちろん試合には負けたんだけど。
帰り際に、「中学の時はごめんね...」って言ってきたので
いいよ!気にしてないよ!!って返したけど正直ざまあと思った。
2年の大会のときにはAはもうバスケ部にはいなかった。キツい練習に嫌気がさして辞めたらしいと噂で聞いた。

3年の引退試合、地区大会の決勝でBの高校とあたった。
Bがバスケ部にいることは知ってたけど、不思議と試合であたることは無かった。
遊び半分レベルの部が拮抗している地区だったので実力は同じくらい。
合同の更衣室でワイワイ着替えるのが普通なんだけど、Bがトイレで着替えひとりで体育館に向かうのが見えた。
まああの性格じゃハブられるのは普通だろうな...と思った。

身長が全く同じだったので試合ではBとマッチメイク。
相変わらずの荒いディフェンスと得意のオフェンスチャージング(攻め手側のファウル。レアモノ)で多少のダメージはくらったけど
懐かしいなあ~
くらいにしか思わなかった。
だって倒されれば手を差し伸べてくれる、ファウル貰えば一緒に喜んでくれる仲間が、その時すでにいたからね。

やっぱりBのチームは雰囲気サイアク。中三のころの私たちそのもののチーム。
実力が拮抗してたらそりゃチームワークの良い方が勝ちます。
Bの高校を数点差で破って地区優勝という最高の形で引退できました。

結局、AともBともCとも、以来一度も会う事はありませんでした。

Cとは結局中学以来会う事は無かったけど、デザイナーの夢破れ?フリーターだったところ援交相手の40くらいのオッサンに見事的中させられ泣きながらデキ婚したらしいと噂で聞いた。

ちなみに今の私の職業はデザイナーです。

はじめて長文書いたよ、まとまり悪くてごめんね
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